ピエール瀧氏の一件から、同じアーティスト枠の石野卓球氏への一連のツイートへの攻撃的発言が話題になったという話がありましたが、そろそろワイドショー枠の「吊し上げニュース」の話題にはうんざりしてきた次第です。そこにどういった経緯があったかは知る由も無いのですが、接点があったという理由だけで公開処刑に踏み込もうとする昨今のワイドショーの方向性についてはもはや狂気の沙汰であり、報道の方向性そのものについても疑問符を抱かざるを得ない状況になりつつある昨今のニュースコンテンツはもはや歩くフェイクメディアといった様相にも見て取れるわけで。少なくともここしばらくのニュースメディアの口ぶりを見る限りだと、彼らのやりたい事というのはおおよそ「視聴率確保のための吊し上げショー」でしかないのかなっていう話。
この一連の流れから汲み取れる意思というのはおおよそ「ドロップアウトへの攻撃」であり、道を踏み外してしまった者に対する私刑執行にしか見えない。そこに見えたものというのは当該人物の永久追放であり関係者の吊し上げであり、少なくとも更正への誘導ではないという話であり…21世紀という現代に「時代の中世を見た」といった心境であったという話であり、世の中の暗黒面を垣間見たとかそういう話だったという一件。
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「更正か、追放か」という議論はいささか的外れなように聞こえる話なのですが、世の中の方向はおおよそこの二択を迫る論調があり、なおかつその回答の多くが後者を選択するというものであったりするので…やはり人生は無理ゲーでしかないという回答がおおよそ確信に至る部分になってしまったとかそういう話のようです。薬物依存という社会の闇はやはり闇の部分なのですが、その周辺域にいる人間の闇をも暴いてしまったとかそういう話の展開であり、「人は絶対に優しくはなれない」という部分の証明のようにも見えてしまった次第です。そこにあったのは謝罪を求める同調圧力と、不謹慎の名の下に「社会から消え失せろ」という攻撃意思に集約されていたようにも見えた次第、少なくともこのニュースの翌日には彼の関与したコンテンツの多くが消失していたわけで…いかに日本メディアの同調圧力が強固かつ強靱なものかという事実を突きつけられる結果になってしまいました。その問題についてを問題視し、不謹慎と指摘するのはおおよそ理解できる部分である…とは思う。しかし、ここ2~3年で発生したこの系列の問題に於いては「名前を出すことすら不謹慎である」という流れに至るケースが複数見られ、僅かにでもある接点保有者に不謹慎を言及するケースが多かったようにも思う。ある種の「存在の全否定」であり、更正の余地を一切認めない「排除事案」であると受け止められるわけで…この狂気じみた風潮はどこまで続くのか、非常に気になる部分であると考えています。
そもそも、そのすべてを抹殺するほどにまで危険な話なのか…という疑念は尽きません。不謹慎という指摘の定義すらも不確定であり、勝手なイメージ判断ではないかという疑念も尽きません。東日本大震災の発生当時、巨大な津波が発生したという理由から「津波を連想させる不謹慎」という理由でサザンオールスターズの「TSUNAMI」という楽曲が配信から姿を消した話はここ数年の間にあった不謹慎事案の中でも突出して謎な判断であり、不謹慎以前に常識を疑うレベルの判断だったと思うのですが…メディアのどうでもいいレベルのイメージ戦線はどこまで続くのか。
この類の事案に対する懸念は多くのメディア関連界隈で定期的に問題視されている事案であり、メディアの自主規制論調はどこまで続くのかという「本来末端の人間が悩む必要性に欠く部分」を強調する風潮ですが…この「くさいものには蓋」の風潮は数年と言わず数十年前から規制強化の論調の中で肥大化してきた事案であり、この狂気に振り回される問題は関係者の間では定期的に採り上げられてきた問題なのですが…おおよそこの数十年間に於いて「まったく解決に至っていない」問題であり、規制強化論でもってねじ伏せられてきた問題であり、ここ2~3年に於ける薬物依存事件で特に顕著に表れた問題だったりするのですが。ワイドショー的には面白おかしく問題を採り上げて、当事者を吊し上げるショーを展開した方が「絵面的に面白い」という感覚なのかもしれませんが、放送されてきたコンテンツ内には「問題提起」も「解決の模索」も無く「公開私刑が延々垂れ流されてきた」としか見えない内容のものだったので…むしろ規制されるべきは下手なワイドショーの方なのかもしれません。
「真実はいつもひとつ」のはずですが、「真実に対する解釈」は少なくとも星の数以上にあるわけで。まして「真実かどうかがはっきりしない事案」についての真実論評は…そもそも安易に採り上げてはならない問題であると考えています。そもそもニュースは本来けっこうデリケートなコンテンツなのですが、いつ頃から事実検証もないお茶の間ワイドショーに転換したのでしょうか? その裏側では配信側の無神経な対応も問題視されているのですが、そのあたりについての対応が乱雑極まりない対応であることが多かった都合…もうメディアのニュースやワイドショーは「与信無き情報番組」に成り下がってしまったのかもしれません。いろいろなコンテンツで拝見する有名人がドロップアウトしてしまうのはいろいろつらいですが、その事案に対して全力で焚き付けるメディアの姿勢を目の当たりにしてしまうという事実はもっとつらいです。
今回の一連の事案などを経て感じたものは「過ちは修正されない」という事実関係であり、「求められているものは公開処刑である」という話でした。このピエール瀧氏の一連の事件に起因する石野卓球氏のツイートは多くの疑問を提起するきっかけになったという話を耳にしましたが、今後予想されるのはメディアによる「封殺戦線」であり、「絶対に謝罪しないマン」たるメディアの姿勢の確認に至る事案になると考えています。ニュースやワイドショーは何一つとして問題提起も解決策提示もしない、いわゆる「ショーメディア」であるのなら…そろそろオールドメディアはひっそりと引退して欲しい次第。


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