バリアフリーを巡る解決し難い問題

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昨今の交通機関の効率化と省力化についてはいろいろな議論を巻き起こす機会が増えていると聞きますが、その中でもバリアフリー化に関する問題はここしばらくの間に顕著に取り上げられていると聞いています。「非健常者のためにもバリアフリー化を」という声は理解できるものの、そこに割り当てるコストと利用率の問題は出資者にとっては看過できないほど大きな負担になる問題であり、そもそも「すべての駅や交通拠点を完全バリアフリー化」ということは本当に可能なのか否かというのはまだまだ検討や考慮の余地があると考えています。設備があるから解決という安易な問題でもなく、人をつければ解決という問題でもないこの問題は、これからのバリアフリー化議論の基礎となる部分ですが、そもそもこの部分を考慮に踏まえた上で本当に議論がなされているのかどうかは疑問符の尽きない部分でもあるように感じています。

ここしばらくだと、鉄道の無人駅での電動車椅子による乗車トラブルというのがあったように思います。無人駅やそれに類する時間営業の委託駅は今後も増えるものと推測され、人的支援には限界がすでに見え隠れしている状況ですが、それに対して「もっと支援体制を」というのは本当に正しいのかどうかという話が昨今議論のネタになっているようです。「そもそも鉄道利用以外の選択肢はなかったのか」「計画性によって回避できたのではないか」などという意見も見られたあたりに「バリアフリー化の推進はどこまで可能なのか」という核心部分が気になるところですが、利用者の「過度な期待や利便性」にも課題があるのではないかという意見も見られました。どこに正当性と妥当性があるかはかなり見えにくい状況ですが、利用者と支援者の相互支援・相互互助がやはり課題になるのではないかと思った次第です。

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利用頻度の低い幹線ルートの駅や地方交通線などで進む駅人員の省力化をはじめとしたコスト削減施策によって、駅によっては「ホームがあるだけの状態」になっているところも少なくなくなってきているという話は全国レベルで聞くようになりました。最低限ではあるものの駅としての機能を得るだけの施設・設備で賄っている状態の駅は今後も郊外地区を中心に増えるものと推測され、鉄道をはじめとする交通サービスの限界点について考えさせられるきっかけになりましたが、これを機に鉄道を利用する層が増えるかといえば現状維持が精一杯という状況に変更はないのかもしれません。これを理由に駅の合理化や廃駅化が進行しないとも限らず、利便性と維持問題は今後さらに混迷を極める展開に立ち向かわなくてはならないかもしれません。そもそも鉄道は専用線や占有設備などの関係から道路交通よりもコスト的に維持困難な施設であり、災害被災線区や利用率の低い地方交通線を中心にその在り方の議論が繰り広げられていますが、現実的な回答の得られない状態が続いていると聞きます。そこに駅があるからという理由から都市開発などの基幹部分となっている駅施設ですが、その線区と利用率のギャップを抱えている路線も少なくなく、存続の危ぶまれている区間も少なからず問題化しています。

バリアフリー設備・施設の在り方や導入議論についてはいろいろな施策・方法がありますが、このコロナ禍に於ける交通機関に対する考え方の舵取りの変化は、少なくとも現状に対してネガティブな結果を落としているといっても過言ではないと思われる次第です。2020年東京オリンピックへの施策として首都圏と周辺域には過剰なほどの設備投資が図られたと言われていますが、本当にそれが機能していたのかが疑問視されているとも聞きます。パラリンピック関連施設やそのアクセスルート上には実際に多くのバリアフリー設備が作られたようですが、一般および周辺都市地域にその波及が及んだかといえばそれも疑問符が残る結果のようです。

また、バリアフリー設備利用者の意識の問題も指摘されるようになったと聞きます。実際に鉄道車両や施設にはそれらの対応設備があるとはいえ、すべてがそれに該当するわけではなく、今回問題になったいくつかのバリアフリー利用問題は今後の交通機関や周辺域に対する問題提起にはなったようですが、現実問題「それら設備と利用方法の在り方への問題提起」として認識されるに至り、相互に於ける利用観の見直しに至るまでに変化をもたらしそうな勢いです。ここには明らかに、理想と現実のギャップが大きく爪痕を残す形になっています。

都市インフラの問題はバリアフリーにまつわる問題もそうですが、エネルギー施策にも波及が及んでいると聞きます。数年くらい前に大々的にその施策が模索された電気自動車の普及施策ですが、充電用設備や施設がおおよそ満足に揃わずに実質的に頓挫しているような状態になっています。脱・炭素施策によりふたたび電化が進むと言われている自動車界隈の話題ですが、ここにはバッテリー問題が常につきまとう都合、バッテリー資源の暴騰や長期的エネルギー施策の転換問題などが常につきまといます。都市単位でのこういった施設更新は年単位の時間と予算を要するため、限られた利用母数の設備や現在進行形で問題を抱えている事案の進行は多くの地域で一丸となって考える必要が出てきたのではないでしょうか。

バリアフリー化問題は今後さらにデリケートな部分になってくると思われ、とりわけ「非健常者ではないが健康面でこれら施設を必要とする」層はこれから増えるものと思われる次第であり、結果的には一定数の推進は必須条件になってくるものと思われます。ただ、それは「人減らしの一環として」進められる可能性が高く、駅の無人化・委託駅化の際に「渋々推進されるもの」になる可能性が高いように思います。もっとも、人がいて運用ができるかどうかは個々の問題になってしまうのですが、バリアフリー化はそもそも「本来の姿とは違う形で求められる設備のカタチ」として推進が進められそうな予感がします。そして、利用する側も「そういったものだと認識した上で利用する」という、なかなか不毛な設備サービスになってしまうのかもしれません。

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