顔も名前も知らないトモダチ

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SNSで人と付き合う事が増えたし、ネット完結型の仕事に参加する機会も増えてきた。オタク友達として認識している友人も増えてきた…ネットに浸された生活が日常化してきて色々と変化が出てきた昨今、ふとツッコミを食らったことが妙に引っかかってしまったのでシェアしようと思い記事を書きます。それは「顔も名前も知らないトモダチがたくさん出来た」という話であり、そもそもそれは友達の定義に当てはまるのか否かという話です。日常的に参加するSNSで気軽に声を掛け合う友人と思っている人間にいざ会うとなったら…というありそうでないような、それでいて実際にはある可能性は充分にあるという話。そして、その現象はこれからどんどん増えて行くであろう話の一端に過ぎないという話もまた然り。

昨今のSNSはおおよそオープンメディアになっており、全体公開が前提になっている公共空間として認識が浸透しているように思っています。それ故に気軽に声を掛けたり言葉を交わし合ったりする空間としての体を成しているわけですが、Twitterサービスがはじまってもう数年以上というお付き合いですが…最近初期のTwitterにはなかった「暗黙の了解」みたいなものが多数出来上がっている事態にちょっと困惑する機会が増えました。また、会話の噛み合わない人たちとの接触の機会も増えてきたように感じます。そこで見たものは「匿名性」を楯に取った炎上の類や人格攻撃といった…かつての2ちゃんねるにあったようなネガティブな感情のように感じている次第です。ただ、決定的に違うのは自浄作用が弱く燃料投下の方が多いという混乱誘発型空間として昨今のSNSが形成されつつあるという事でしょうか…。

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顔の見えないつきあいというものが昨今では意外と寛容に受け入れられている実情がありますが、それが円滑に行われてるかと言えば甚だしく疑問だらけというのが現実だったりします。過去にそれで心身に傷や実害を被った事がある都合上…多くは相応に順調なものと信じたいのですが、昨今ピックアップされる事案というのが本当に一時期の出会い系犯罪のようなアレだったので…本当にこのままコミュニティはどうなってしまうのかという懸念は払拭される予定が見えてきません。このまま永遠に仮面舞踏会よろしく素性の解らない人たちが適当なプロフィールを創作して、良くわからない出会い網が形成されていく時代にシフトは進んでいくのかもしれません。これはもう「善し悪しの問題」ではなく「時代の標準化」として定着して行くであろう事案であり、これからもっと浸透し一般化していくであろう話のこと。そこに本来必要の無いルーリングが成されるのではないかという話であり、それは本当に必要な取り決めなのか? という話であり…懸念の材料となっているのでは無いかという話。

一時期のSNSブームの際に色々なオフ会というものに参加させていただく機会が複数あったのですが、現実は色々といいとこ取りな話では無く…いくつかの解決不能の問題を残し空中分解を余儀なくされたという話が多かったように記憶しています。和解した例は意外と少なく、それから疎遠ないし絶縁といった状態になったという話の方を多く聞く機会が多かったです。特にお金が絡む関係の話には根深い悔恨を残すモノもあり…それから数年間、オフ会という類の界隈からは離れることになりました。たまたま忙しさが極まった部分だったというのもありましたが、それ以上に人間不信度は極めて高くなったように思う次第で…。かくいう私も以前からのSNSアカウントをひっそりと全削除するという事態にもなりました。

それでも仕事は人を介し、交流という名のお付き合いは続くわけでして…今後の人付き合いについては多くを課題として計上するに至りました。結局のところ、SNSで有名になるということはあまり良い物でもないし、得たフォロアーの数だけ問題を抱えるリスクが増えるという話なのかなっていう気持ちになってしまい…SNSはそろそろ何か方向転換を迎える時期に差し迫っているのではないかという気持ちをモヤモヤと持ちながら…まあこれからもネット仕事などは続けていく事になると思う次第です。

ネットの向こうで書き込みをしているのは人間である、自動返信のプログラムを書いているのも人間である…くらいの感じでもっとドライに受け止めつつ仕事をしていけば良いのでしょうか? そんなことより、やはり人を信じる力はすごいしエネルギーもまたスゴイのも間違い無いので…願わくば信じなくなる日が少しでも遠い未来のお伽話であって欲しいと願わずにはいられない昨今です。SNSで会話している仲の良い人たちの中に心の底から信じられる人って…どのくらいいますか?

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