効率化の逆襲がやって来る

時事・事象・社会現象

仕事の世界は「効率の良さ」が求められる世界ですが、すべてを効率でもって推し量るのが最善であるとすれば…多くは非効率的と一刀両断されてしまうのではないでしょうか? すべてが円滑かつ円満であれば高効率化というのは非常に良い選択肢になり得るハズですが、その多くが非効率的かつ不満の塊という話であれば…効率を割いてでも対策を講じるものではないでしょうか? 教育の過程に於いて「失敗は成功のもと」と教えられる機会は多かったと思うのですが、昨今の風潮となりつつある「失敗は許されざる行為」という認識に於ける昨今の効率化とは…非常にハードルの高い無理難題ではないでしょうか? 昨今の仕事に於けるこの類の難題解決の機会遭遇は多く、頭を抱える機会はかなり増えました。そもそも「無駄の位置付けがはっきりしない無駄の排除行為」というのが多くの矛盾要素をはらんでおり、判断基準を惑わせるという話なのですが。

苦悩を他所に仕事の多くは効率至上主義で突き進んでおり、ついでに高コストパフォーマンスを求めているという重連苦の世界。それらの負担を最少人数の効率化に押しつけているという日本の労働界隈は、少々やり過ぎを通り越してハラスメント化しているとも言えそうです。ビタ一文報酬は出さずに無理難題を無報酬で要求する風潮がどこで醸成されたかは知る由も無いですが、勘違いした常識が植え付けられてしまった社会はそれを当たり前のように要求するようになり…昨今は精神的に病んでしまう人口を激増させているとか。そのハラスメントのメビウス・リングが巡り巡って己の人材不足を招いている事実はそっくりそのまま棚上げされているという話に猛烈にツッコミを入れたいのですが、重箱の隅をつついて業界を追放されるという事案は定期案件であるという闇もまた然りという話。

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「正直者が馬鹿を見るのが世界の真理」であるのであれば「卓越した不正履行者が世を支配する」という腐敗に満ちた世界が正当なる未来という話であり、現実世界はどちら側に傾倒しているかという事を鑑みれば…まあそうだろうという話。資本主義と社会主義の思想のどちらに於いても正直者が馬鹿を見る世界線が続いており、努力の対価としては不公平な世界が求められているのが私たちの選択だったという話であり…なかなかパンチの効いたブラックジョークだと思っています。適度かつ適切な不公平は社会基盤に於いて…とりわけ資本主義経済社会界隈には必要不可欠な要素だったと云わざるを得ず、また公平という名の矛盾をはらんだ価値基準もまた揺らめく蜃気楼のようなものではないか…という話。早い話が「純然たる中立公平な世界」であっても「不純極まりない偏見に満ちた世界」であったとしても私たちは同じ選択肢を選んだ可能性が高く、差別と公平を使い分けることでしか生きていけない社会に私たちは生きている…という結論にしかたどり着けない世界線に私たちはいるという話。

哲学的な話になってしまうのですが、人の精神論はおおよそ哲学のように不定形であるというのが本音の部分です。真実を求めつつも現実は都合の良い結論だけを求め、自己欲求の充足のために他者を貶めることを恥じもせず、かといって都合が悪くなるとフェイクすらも隠れ蓑にしようとする…人生の効率化というのはおおよそチートじみた選択肢を選ぶゲームであり、才能とは人に認められるための総合能力であり、枠が限られた偉人の枠に収まるために不条理に手を染めたりするのが「人生をより良く生きるための効率化である」という話であり…多くの人はそういう術を知らずに誰かに振り回されるように生きざるを得ないという話。人生に於ける多くは非効率なものの組み合わせであり、その非効率な組み合わせをいかにして社会環境に適応させていくかということが効率化であるという話であり、それを知らない「うわべだけの効率化」はかなりの母数があるように思います。企業の「改善対策」の類はだいたいそんな感じの無理作業のオンパレードだったように記憶しています。

昨今の仕事環境は「超高効率化業務」という無理難題を押しつける環境を造成していると聞きますが、日本の企業体の多くはそれを是として広く教育してきたと云っても良いかもしれません。日本の教育課程の多くは旧来の旧方式による過去世代の教育産物であり、云うならば「かつての日本式」の教育に該当するものとも言えそうです。要は「精神論に基づく旧世代の思想教育」であり、以外と基幹部分が真っ赤だったりする思想だったりしそうで、昨今のブラック社会やハラスメントの蔓延部分にその思想の片鱗が垣間見えるように思います。「おもてなしを強いている」のが日本のサービス業界隈だといわれているそうですが、今でも「お客様は神様思考」が残存している当たりにその片鱗部分がまだ機能しているかのような印象を受けます。周回遅れのその思考がまだ機能している当たり、まだまだ日本の労働界隈の混迷と迷走は終わりそうにないという絶望だけが重くのしかかるような気がします。

多くの企業が効率化を推し進めることを強いられてきたという背景に思うことは多数ありますが、これから労働人口は目減りしていく上に品質低下も招き続けていくという実情が横たわっています。一部の業界では弱体化の余りに業界からの撤退も視野に入れた撤退戦構想をもつ企業も出てきているとかで、社会は効率化を求める余りに本来の目的の放棄にまで追いやっているのかもしれませんローカル鉄道の多くは何かしらの理由を楯に廃線に追い込まれるだろうし、小売りや物流人口は高齢化し移住者頼りになってしまうだろうし…事の顛末は「人間の無駄化」にあると思われるのですが、そもそも誰が「人間を無駄なコスト扱い」するようになったのかという問題について…そろそろ向き合う時期に来ているのかもしれません。

「生きるために人の存在が無駄になる」なんてブラックジョークがまことしやかに囁かれるようになるとは世も末ですが、SFアニメの多くの題材に「増えすぎた人口の移民先を求める旅」が描かれているあたりにその片鱗が…実は半世紀くらい前からイメージされていたことがちょっとした戦慄する事案となっています。人類の叡智を以てしても人と人とがわかり合えないというのに、そのわかり合えない感情を持ったまま宇宙にまで進出しようとする人間の意思というのは…そもそもどんなものなのか。見果てぬ宇宙の世界に行くために費やした時間と技術と労力と資源…それが有意義か無駄かを判断するのは半世紀くらい未来の人々でしょうが、彼らが現代世界をどう解釈するか…私は興味があります。

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