このコロナ禍に於ける人の移動制限は、多くの幹線ルートでもその輸送密度の数値激減ぶりを観測するに至っていると聞きます。ただ、閑散地区を走るローカル線の事情はコロナ禍以前から横たわる問題として認識されており、結果としてここ数年の甚大災害とコロナ禍によって議論せざるを得ない状況に格上げされただけのようにも見て取れます。廃線を強く打診されている区間に共通する実情は「そもそも人も輸送対象も存在しない場所になってしまった」というのが一番致命的であり、鉄道輸送である意味も含めて多くを再考する局面にまで来てしまったというのが一番大きな変化事情ではないかと思われる次第です。コロナ禍輸送事情に加え、以前から言われてきた沿線の過疎化・限界化なども理由としては大きな要因になっているものと思われます。
現在のローカル線に指定されている線区の敷設時期を考えれば、廃線・撤去待ったなしの区間もかなり存在すると言われています。古い区間では100年以上前に選定・敷設された区間もあり、その線形やルート選定にも現状にそぐわない区間もあります。大量輸送のための鉄道から「大量輸送の機会」を取り除いたら何が残るのかということも踏まえ、駅の利用事情や路線活用、鉄道として維持するための諸問題のクリアするための問題解決をしていく必要があると思われます。現実問題として、企業も地域もビタ一文支援はしてくれないという前提があったりしますが、それでもインフラの在り方についてはもっと多くの議論を交わしたうえでの運営方法の検討が模索されても良いように思う次第です。
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21世紀現在の鉄道輸送事情といえば「郊外輸送の赤字を都市間輸送の黒字で賄う」という状況を長い間やってきたイメージですが、そこに「コロナ禍」という「移動制限を伴う問題」が浮上してきたことにより、それら諸問題の常態化対策が困難になったことに起因するという状況になったという認識です。元々が「その手法による郊外ローカル線の維持はどうか」という問題でもあったのですが、それすらも打てなくなってしまった昨今、急速に「ローカル線維持問題をどうするか」という話になってしまっており、寝耳に水の状況を呈しているというか何というか。言ってしまえば「問題解決の棚上げ」を「一時的打開策として打ち続けたツケ」が帰ってきたという状況なので、結果として赤字が雪だるま式に増えたというアレな状況のようではあります。そんな限界ローカル線が全国にどのくらいあるかといえば、全国の鉄道路線の半分くらいは元が取れない程度に赤字路線であったという、びっくり箱のような話。
鉄道の営業係数に関わる諸問題
営業係数とは「100円の利益を出すために幾らかかるか」を指数化した数値で、路線の営利状況を把握する指数になる数値情報。近年の数値は全国的に減少傾向にあるといわれ、関東の首都圏や主要都市圏以外は幹線区間であっても減少傾向にあると言われている。いわゆる「本線」の区間でも都市部と郊外では輸送量が大きく乖離しており、近年は整備新幹線の並行在来線問題に起因する「本線分断」による輸送の不便化も指摘されるようになり、本線であっても「区間廃線」などの問題が浮上する程度には問題化している。
バスなどによる道路輸送と鉄道輸送はそもそも形状の構成がかなり違っているので、一緒くたに議論することは難しいとされています。ただ、ローカル線区の鉄道網沿線は人口分布の限界化がひどく、そもそも輸送する人および流動網が非常に無力化しており、「空気区間の空気をひたすら輸送している状況」なのは認識しておくべきかもしれません。
鉄道網の維持に躍起になる理由は「駅」の存在と機能かと思われますが、「人の流動を伴わない駅」はその機能はおろか、存在意義すらも揺らぐものになってしまいます。路線沿線上にその「機能不全の駅」がどのくらいあるかによって路線そのものの存在意義が問われ、存廃議論上に押し出されてしまうことは認識する必要があるように思う次第です。元々は分割民営化の頃から議論されるべきであった問題がここまで棚上げされてきた事情を鑑みれば、このおおよそ30年くらいの時間に「地域は何をしてきたか」という話になってしまうのではないでしょうか。線路を維持するのは間違いなく鉄道会社なのでしょうが、沿線地域の問題は沿線地域でしか解決できない問題であり、まして「人の居ない沿線地域」でなにを議論しようも「そもそも議論する対象がいない」というのは、鉄道維持の問題以前に都市計画以前の問題ではないかと思う次第です。
駅の維持と無人駅の増加による諸問題
近年、人件費削減の施策として無人駅が増加しており、利便性低下が問題視されるようになっている。駅機能は自動券売機や簡易改札に集約され、一部ではリモート対応化が進んでいるが、地方駅の機能低下により一部切符が買えない問題や精算処理が出来ないなどの問題が発生している。利用頻度の低い駅から無人化施策が進められていたが、昨今は列車のワンマン化を含めた大規模な無人化・有人駅機能の縮小が進められ、利便性の他にもランドマークとしての機能低下が指摘されている。
ここしばらくのコロナ禍により、以前より問題視されていた閑散地区のローカル線はもとより、沿線事情による幹線の閑散地区も議論対象になってきました。輸送事情の諸問題から廃止にはできない区間などもあり、議論は混迷を極めるものと推測されます。ただ、現在ある路線の維持や災害復旧なども含め「そこに線路があることの意味」を考える必要は出てきたように思う次第です。運ぶ人やモノのあるところにこそ大量輸送機関である鉄道網が必要とされるわけであり、輸送網としてふさわしい場所に、ふさわしい形で敷設・維持されるべきであるという姿を望まずには居られません。そもそも今議論すべきことは、「鉄道網の在り方」もそうなのでしょうが、「なぜ郊外から人々の生活が消えたか」なのではないでしょうか。気になるところです。



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