写真趣味を始めて数年経ちましたが、スマホカメラの発展著しい昨今…一眼レフ勢はどちらかというと忌避される傾向があるような気がしてなりません。望遠に依存する被写体を狙うとなると三脚必須な環境が多かったりして忌避され、ポートレートなどの近距離撮影になるとスマホカメラ勢から面倒くさそうな目で見られ…とにかく趣味という枠にいながら趣味を満喫出来ないシーンに定期的に遭遇するようになったように思います。過度な行為に及んだ先人の悪印象なのでしょうが、悪事は千里どころか日本全国にまで駆け巡るっていうのはおおよそ間違い無いみたいで、カメラ趣味を片手にしながらやきもきするシーンが多々出てくるようになりました。
そうこうしているうちに趣味に視線を感じながら実施することがだんだん負担になってきて…多趣味を自負していた自分から多くの趣味活動が消えて無くなりました。本業の件で精神的に劇的に病んだ時期とも重なったこともあり今は相当の無趣味化が進み、かろうじて写真趣味が手元に残っているくらい。趣味が人を豊かにすると信じていた若かりし頃のイメージとは裏腹に、趣味の達成欲に駆られた人たちの迷惑のとばっちりを食らい続けるという心の傷もあり…多くの趣味を失うに至りました。今まで価値を感じていたものからスッと価値が消えて無くなる…という体験をしてしまい、今は月並みに価値が認められそうな部分のみの趣味活動で心を満たしている状況です。
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かつて同人趣味があって、読む方はおろか描く方にも参加していたのですが…いつの間にかやめていました。SNSでそれなりにイラストをアップしている程度に活動を頑張っていたのですが、いつの間にか参加していたジャンルが廃れイベントそのものの規模も縮小し、ひいては参加者同士のトラブル頻発によりイベント離れとなったという経緯もあり…今は適当に気が向いたときのみに作品作りという活動を行う方針で活動しています。今は特に銘打って活動をしている訳ではないのですが、機会があれば…的な感覚でやっています。やめてはいませんが、健康問題を複数抱えている現状では…即売会参加っていうのはかなり難しいかもしれませんが、やめてません。むしろ続けたいくらい。
趣味とはいえ、趣味の領域には「絶対に譲れない何か」というものがだいたい存在するといいます。それはつつかれてもオブラートに包んで否定するなり受け流すというのが今までの考え方ですが、ネット時代になりSNSが一般化する頃には「粘着攻撃」というのが本当に普及するに至りました。いわゆるネットストーカーといわれる類のアレですが、自身の譲れない部分を肯定させるまで延々とつきまとい、罵詈雑言から事実無根までをばらまかれるというのは…本当にネットのネガティブ要素の中でも最大級の忌避事案です。それらが横行するようになり…ネットを含め同人活動は昨今はやめるに至っています。ハンドルネームも変えた現在、今はひっそりと人目を忍んでの活動をやっている次第ですが…そもそもその状態は活動なのか否か…。
それなりに揉めながらも無事に終了したコミケはやはりスゴイという話ですが、それでもこの炎天下の中に徹夜組はかなりの数がひしめいたとかで…こういうところで起きたトラブルによってコミケは非常にデリケートな問題を複数抱えるに至っています。拡大の弊害というか何というか、コミケにも「参加者全員が作るイベント」という概念が随分薄れてきてしまったようにも感じますし…それに対する怨嗟の声も各所で聞き及ぶ機会は多いです。趣味が趣味の一線を越える…というのはこういうことかもしれませんし、これらは今後なにかのきっかけで巨大な問題化する可能性もはらんでいます。
趣味とは「嗜み」と言いますが、「我儘」では無い。
趣味の世界にも高みの部分があって、やるからには頂点のあの輝きの部分に触れたいという願望はおおよそ誰もが持つであろう願望だと思っています。ただ、それは学び合い時に知識や行動を共に共有し、多くの人に敬意を払い払われる部分に至ってこそのものであり…我儘でもって迷惑を振りまいてまで得るものでは無い、そう思っています。いち趣味人として。
趣味の世界は広く、中には肯定の難しいアンダーグラウンドな趣味も存在します。私たちは触れるためにはある程度学び、それを受け入れられない場合はゾーニングするなどして距離を保つ…など、多くの選択肢でもって共存を図ってきたと聞いています。昨今の趣味界隈の「共存から排除への暴走」が止まらないのは…何故なのか? 悩みと闇は深まるばかりです。


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