働きたくても働けないセカイ

時事・事象・社会現象

労働人口が足りないと嘆かれる時代であると聞く機会は増えましたが、社会の人事事情はもっと悲観的な世界ともいわれ、結果として「働きたくても働けない社会」に翻弄される事案が増えてきたというリアルな叫びを聞く機会も増えました。まだまだ働き盛りと言われる40代には早期希望退職という辞令が突きつけられるほどに昨今は潜在的人余りといわれており、求められているのは最低条件下で最大限働ける奴隷のような人材であるとまで言われている昨今。この矛盾をはらんだ人事事情はこれからさらに混迷を極めることが予想され、高い理想求人が企業の人事を殺しかねない事態がやって来るとも云われているとか。企業はどこまで人間を厄介者扱いする気なのか、人間社会の「矛盾による崩壊」が進んでいるとかそうでないとか。

働き方改革と銘打った施策が打ち出されているようですが、誰もその「改革に相当する働き方を明示していない」ことに不安と不満が満ちているように思います。提示はするが明確にはしない、これによって路頭に迷う人間の数は多いと聞きます。情報社会とはいえ適切な情報を検索し取捨選択をするのは経験者でも難しいとされる超情報化社会たる昨今、理想だけで施策を示すという方針はいささか疑問を抱かざるを得ません。結局のところ「自己責任論でもって失策を押しつける」という図式は拡大の一途を辿っており、結果として景気回復どころかその日の食事もままならないほどの困窮時代がそこにあるという事実…今求められているのは具体的な施策の実践方法の提示であり、既存のイメージでのみで物事を進めない方法策なのですが、既存イメージで雁字搦めの上層部の思想が変わることがないという事実が重く現在の経済を圧迫しているという話題は枚挙に暇がなく、私たちはまだ混乱の渦中にいるという話。

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インターネット普及期に入ってから多くの働き方が提示されてきたと聞きますが、その実践には多くのリスクが過剰にのしかかっている働き方とも聞き及んでいます。一般的にネット副業と認知されている働き方の多くがリスク過剰の世界であり、多くの人がまとまった収入獲得に至らないまま放棄するという事態に陥っていると聞きます。結局はスポンサーがセコいという話に帰結するあたりが日本企業の問題であるという話も多数あり、多くの働き方は大きく改善されることなく終息してしまったという話の方を多く耳にしました。その中には相応に収益を得た人もいたのですが、極めて少数な「見極めきれた人たち」のみだったという話も。企業活動の一員として会社に所属する事に比べれば個人事業者としての活動は極めてハードルの高い仕事スタイルであり、個人の思考と行動でもって成功に辿り着いた人は極めて少数だったという話は耳が痛いほど聞きました。結局のところ、「働き方改革とはなんだったのか」という問いの答えにはなっていなかったように思います。

そろそろ就職面接に於ける「当社志望の理由」は要らなくなってきていると思っている次第です。何故なら「生活の糧を得るにあたって自分に向いていそうだったからという以外の理由」はおおよそ見つからず、夢と野心に訴えかける就職希望者のほうが少数派になりつつあるからです。経済的にも人材事情的にも行き詰まっている現状から考えれば「糧を得るため」という理由は至上の理由であり、むしろそれ以上になる夢や野心と云った理由は存在しないのではないのではないでしょうか。そこに日本的な価値観があるかどうかといえば相応にあるのでしょうが、今はそれを追求する余裕も時間も無いというのが本音ではないでしょうか。個人としてはそれなりに選り好みはしたいですが、就労者も企業もそれらに対してもっと考え方を改訂しなくては共倒れしそうな現状がそこにあります。

何を基準にどんな判断でもって今の推し量るかは難しい理屈ですが、明確に言えるのは「形式にとらわれない行動」だと考えています。就活のシステムの陳腐化や形骸化は日本に於いては害悪に近いレベルで酷いという話もあり、未だに「履歴書は手書きが大前提」とか「書式は決められたもの以外認めない」などの凝り固まった慣習が多々あります。人を動かすエネルギーはそういったものをマイナス要素として見ても「それらを覆すくらいのエネルギー満ちた行為や行動」であり、結果として「結果を出すに至ること」であると思う次第です。そこにはおおよそ老若男女の壁は存在せず、実力と行動力と結果という単純明快なもののみで測られる世界だとも思っています。

人材の育成は現代の錬金術である、というフレーズは好んで使っています。仕事は人と人とが作り出す価値創造の行為であり、人と人とによってそれらは形成され、第三者たる人々が価値を付与することによって成立する世界だからというのがその根底にある思想ですが、私の知る多くの日本企業はその真反対のベクトルを突き進んでいるように見えます。「人を活かせない社会はおおよそその程度の世界の社会である」とは少々強烈な言い方ですが、昨今の人的価値軽視の風潮にはそれが見え隠れしているように感じます。価値を金銭的数値で語るこの資本主義経済社会に於いて「稼ぎはステータス」であり、もっと評価に対してカネをばらまくくらいの気概はあっても良いと思う次第ですし、それが多くの労働意欲を刺激するのであればそれはもっとあって良い行為であると思う次第です。

仕事の世界はもう少し変わることが望まれている、それは間違い無いと思っています。変える事は難しいにしろ、変えなくては生き残れない…そう世界の風潮が動いている以上、私たちは企業活動に対して視線を送り、時に強くツッコミを入れるくらいの事が必要なのかもしれません。

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