不条理と不謹慎の狭間で

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台風15号により千葉県が沈黙状態というニュースで持ちきりの数日間ですが、正直なところ私たちに出来る事は限られており、現場のプロに一任する方が建設的かつ迅速に話が進むということもあって、私たちに出来る事は見守ることと少額の募金くらいしかないのかなって思っています。被災地に近い位置にいる知恵と行動力のある方々とプロの災害復旧マンに一日も早い復旧作業をお願いする以外に出来る事はないだろうし、むしろ私たちに出来る事は変わりない日常を維持することによって僅かにでも日々の経済を回すことくらいなのかなって思う次第です。

緊急時に於ける私たちの行動力なんてものは大した役に立たないどころか、現場のプロから見れば確実に足手まといという話であり、不安が多くてもプロに任せるしかありません。お偉いさんが現場事情にどういう思いを抱いているかはわかりませんが、はっきり言えるのは「作業完了まで首を突っ込むな」という話であり、指揮系統たる上層部人事の方々は淡々と情報発信に努めて欲しいという話だったりします。このタイミングであった内閣改造の一件で噛みついている人も多かったと聞きますが、彼らが不用意に被災地に行ったところで現場が迷惑するという話であり、数年前の大震災の教訓はどこへいったという気持ちになってしまいました。

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平成という時代の間にいくつかの大災害を経験した日本列島ですが、教訓に関する部分は意外と風化している様子がうかがえてちょっとゲンナリしています。こういうときに政治家の方々に真っ先にお願いしたいのは被害情報の提供であり、災害復旧のプロをかき集め復旧戦略を率先することであり、少なくとも気に入らない政党の揚げ足取りでも不謹慎節でもって気に入らない対象を攻撃することでもありません。おおよそ何も知らないと思われる議員さんの感情的な不謹慎ツイートがいくつか散見されましたが、被害や影響の少なかった人たちが変わらない平穏な日々を過ごすことが不謹慎に当たるなんて馬鹿げた発言は本当にやめて欲しい。悲しいフリをしてでも不謹慎節に従えというのであれば、それは無知からくる横暴でしかないのではないでしょうか。

東日本大震災の現場視察の件

それに至るまでにどういうやり取りがあったかは多く知られていませんが、当時の首相が被災地を訪問した映像には「指導者と被災者の温度差」を象徴するような映像が複数放送に流れたという話が言われている。福島第一原発の事故は、そのもっとも甚大な被害結果をもたらしたと言われる事例として挙げられるようになるくらいには対応不備が重なったと言われており、現場と指揮系統との温度差が極めて明確に浮き彫りとなる事故となった。

あの震災で多くの事を学んだはずなのに、数年でその教訓は確実に風化しているという「見たくない確信」を見てしまい残念に思います。こういうときに求められるのは「お涙頂戴的な感情論」ではなく「非情なまでに迅速な論理的な行動」であり、時間との闘いでもある災害復旧に於いては一瞬の感情よりも一瞬でも多くの行動であるのは明白なはずなのに、外野ほど野次馬根性で現場を混乱させるという事実に少なからずの衝撃を受けています。現場の現状を想像もできずに私情と感情論を振りかざす人の多さと無知がもたらすリスクから現場の苦労の片鱗がSNSのテキスト越しにも伝わってきて、別の意味での悲しみに包まれています。

世界が不条理でできているという部分についてはもはや修正のしようもない事実であり受け入れるほかないのですが、災害による混乱はそれをより一層可視化させるようにも見えます。可視化された不条理を見て「我がフリ直す」か「知らぬ存ぜぬ」なのか、そこで更なる不条理が生まれるか駆逐されるかが決まるのですが、少なくとも平成の時代に起きた災害によって可視化されたものは「不条理のツケ」「人間の不毛な感情論」だったのかもしれません。街の復興は必須事項ですが、人の心の復興はまだ果てしなく進んでいないし論じられてもいないし、そもそもしなくても支障のない机上の空論談議で青写真の現像すら進んでいないという現実がはっきりと出ており、実は「見た目だけのハリボテ復旧くらいしか出来上がってないのかもしれない」という事実が重かったりします。

個人に出来る災害対策の限界論

被災地を支援する活動は「間接的な支援に限定される」という話は東日本大震災以後の自然災害などで顕著化する結果となった。インフラやライフラインの寸断による心配は尽きないとはいえ、早急すぎる現地入りによる支援はかえって混乱を招きやすいということと、現場の支援リソースを余計に消費してしまうということの問題から、現場状況を把握してからの現地支援が望ましいのではないかという意見が広まったとされている。また、早期の現場支援は限定的にしか行う事ができないことも知れ渡り、長期的な地域・経済支援などが望ましいという情報共有を広める遠因にもなったと言われている。

今回の台風被害で、千葉県のライフラインは甚大な被害を被ったと伺っています。しかし、私たちにできることは非常に限られており、プロたちの復旧活動を見守る事くらいしかありません。勿論は早急なライフライン復旧ですが、報道やSNSでみた被災地の画像を見る限り、かなりの時間を要することになるのは必至だと思われます。ただ、安易な意識で持ってむやみに現場に飛び込むような真似こそ自粛してほしい昨今はSNSでもって多くの情報が被災地側から提供されるという環境がかなり出来上がっているので、今はその情報を信じて待つしかないと思う次第。ましてデカいカメラをもって現地のリソースを無駄に消耗させる報道陣ほどここぞとばかりに不謹慎自粛して欲しい私たちの求めているのは「画面に見えずとも復旧が進むという街の青写真」であり、「画面に映し出されるお涙頂戴映像」ではないという話。私たちは私たちにできる日常でもって、僅かにでも地域経済の循環に役立てればと思い日常を過ごすことのみですが、一日も早い復旧を願って。

結局のところ、つまらない感情論でしかない「不謹慎理論」は百害あって一利なしであり「無駄な空想論」という話。現場が求めているのは少しでも現実的な復旧ルートの確保であり、少しでも多くの実利的な解決策であり…クソみたいな妄言に付き合うリソースはお断りという話であり、昨今の報道メディアはSNSの個人ツイートよりも仕事していないんじゃないかっていう話。どこにどんな無駄や害悪が潜んでいるかは、まあ察して欲しい次第。

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