三流化著しいマスメディアの報道ニュース番組よりも、現地からの写真付きツイートの方が信用を得る時代になってきた昨今の報道関係の微妙な関係ですが、今となっては個人のSNSツイート写真や動画をマスメディア関係者がねだってまわるという不思議な逆転現象が増えてきたと聞く機会が増えました。それだけマスコミサイドの行動力と信用性が疑問視されてきたと考えると何となく納得の話なのですが、それはそもそもマスコミのあるべき姿なのかどうかという在り方や捉え方にかなり大きな変化が伴ったようにも思えます。そもそも、彼らマスコミたちに対する信用性は大幅に失われてしまった都合、個人の発言やリソースにしがみ付かなくてはならない状況になってしまったのかもしれませんが。
私たちの認識とは違っていたマスメディアの存在意義について考える機会が随分増えたのは、昨今のフェイクにまみれた報道事情が発端であるのは明白だと思う次第ですが、そもそも彼らが放送権にしがみ付いてまで報道したいものというものは何だったのかという部分には多くの人が興味関心を抱いているものと推測します。混乱を招く発言と事実無根の無根拠報道、そして何より反政権と反日本思想の喧伝。少なくとも報道の使命とはほど遠い姿勢と行動、そして国益や公共の利益とは無関係な非中立的な報道コンテンツの垂れ流し。もはや嫌悪のレベルを通り越しつつある報道界隈の存在について、私たちの取るべき認識と行動は「報道陣への追及」になりつつあるのかもしれません。
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SNSの登場と普及によってより一層の個人メディア化が進んだ現代情報時代の報道事情は「個人発言のメディア化」が進み、発言力と影響力があればその発言はマスメディアの報道番組すらも凌駕するようになりました。個人の発言よりも与信の低いマスメディアの報道という図式がそもそも不思議な事情なのですが、そもそもマスメディアの情報がかつてから信用有る情報だったのかという疑問符で考えてみると、彼らの存在意義についての考えが色々と変化を伴うように思える次第です。「真実報道の正義」の名目に踊らされていたと昨今になってようやく気付いたと捉えるべきか、裏で何かやましい事案が有ったのかは定かではないにしろ、メディアの存在意義と存在価値がすでに底値に至る事態なのはもはや覆しようがない事実という話になっています。
広告モデルによる収益化の限界について
民放テレビの収益源のひとつが「広告収益」であり、スポンサーの広告コンテンツを放送に流すことによる「情報発信」が彼らメディアの収益の柱のひとつだった。テレビメディアの衰退のきっかけにまつわる部分には諸説あるが、インターネットの台頭に伴う広告効果の低下に端を発し、スポンサーが高い広告費への嫌悪を見せたことが発端ではないかと言われている。以後、収入源に伴うコンテンツ制作費の低下によって放送による広告収入低下の「悪循環」がはじまったというのが最も有力な話と言われている。
中立性の高い報道コンテンツがかつてあったかというと、それすらも疑問だらけという話。報道とはおおよそ過去から恣意的なものであり、媒体は変化しつつも内容は一貫して私的利権にまみれていたと考えれば、多くの報道の疑問符に対して納得ができるというのが昨今のネット界隈の回答。私たちがどのくらい彼らの偏向ニュースショーに付き合わされていたのかは定かではないにしろ、ネットメディア普及によるテレビメディア衰退のあたりから彼らがヤケになって本性剥き出しの喧伝スタイルになった当たりから鑑みると、「報道を信じるリスク」について考えるのは妥当なのかもしれないという回答に行き着いてしまいます。少なくとも、彼らに任せるわけにはいかないという話。
テレビの性能が上がっても報道コンテンツの質が下がりっぱなしという事実はもはや進路変更の余地が無く、家電量販店のテレビ売り場が縮小の一途を辿る事実がそれを物語っています。昨今のコンテンツ不振は紛れもなく彼らの作ってきた低品質・低予算・低与信による「蒔いたタネが熟した結果」であり、彼らがこの方針を長時間かけて修正しない限り彼らの復権はないという話なのですが。そもそも収益モデルがオワコン化したテレビメディアはそろそろ本格的にネットメディアを介した自由度の高いコンテンツ配信形態へと舵取りをする時期に来ているはずなのですが、彼らは無自覚か確信犯なのか、今日も変わらず無価値かつ無意味な偏向報道コンテンツを垂れ流す活動に勤しむものと思われます。
スポンサーの恣意的なコンテンツ介入の噂
スポンサーから出資・出稿費をもらっているという立場上、彼らに対しての忖度は一定数あると言われている。昨今のコンテンツの多くは「スポンサーの意思による恣意的コンテンツへの介入」とも言われている。真相は闇の中ではあるものの、あからさまな「推しコンテンツ」の展開や「偏向要素の強い報道コンテンツ」など、あからさまに疑わしさを匂わせるコンテンツの台頭が著しいとの指摘は尽きないのが実情である。
私たちの思考がアンチ・マスメディア側へシフトする理由は「中立報道への願望」が少なからずあると考えています。主観と偏見にまみれた報道による他者攻撃もひどく、何の煽動メディアなのかという疑問は尽きません。意図しての施策であるならば間違い無く意図した結果であり、意図していないのであれば最高に無知を晒す結果という話であり、これからも私たちのアンチ・マスメディア思想は進行するものと思われます。彼らの大声による喧伝は今後どんどんエスカレートが予想されるため、私たちは軸のしっかりした思想と行動を持つ必要を迫られる事になるかと思われます。彼らに惑わされないためにも私たちは学び続け、 少しでも「明るい未来のため」に彼らに「中立かつ誠実な報道を要求し続ける」必要があると考えています。
それはさておき、昨今のバズツイートを探して粘着する昨今の報道番組の裏事情。Twitterから丸見えなんですが、彼らはもはや「メシの種ならなりふり構わず」なんでしょうか? もはや安っぽい仕事しか出来ないアピールになりつつあるこれら一連のSNS事情、今後もまだ続くのでしょうか?



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