趣味世界に於けるエネルギー施策の転換はどれほど必要かという話がありましたが、そもそも「好きこそが趣味そのもの」であるが故に単純解釈するのであれば必要性は無いというのが私の考え方です。単純解釈出来ない理由があるとすれば「趣味に割く余裕に不足がある」というのが私の持論であり、時間や金銭的環境・趣味に費やす学習や向上心にその軸が動くものと思われます。「ただ好きだから」という理由はまっとうに肯定できるものであると考えていますが、「好きを消費し続ける」というカテゴリに属さない趣味にはやはり多くの向上要素が必要になってくるものだと思う次第です。絵心の向上や趣味の技術力は向上しただけの楽しみに繋がる部分であり、向上した趣味エネルギーは新しい共感を生み出す可能性を高めてくれることを鑑みれば、やはり多くのエネルギーを燃焼させることの優位性はやはり高いのではないかと思う次第です。ここには個人の感性や実社会での余裕などの多様な要素が絡んでくるため一概に断言できないものの、これら向上意欲なども含んだ上での趣味活動や趣味エネルギーの燃焼であると思っています。
無趣味人の心は荒みやすいという話はまんざらでも無いと思っており、趣味界隈のトラブルによって趣味を失った人はおおよそ精神を病むともいわれているとかそうでないとか。自身の経験上でも無趣味期間の精神的不安定は計り知れなかった部分でもあり、三大欲求の次くらいに趣味への没頭は重要な人生要素であると考えています。趣味と「純然たる好意および探求意欲」によって構成される活動的要因であり、これによって人生の多くに影響が及ぶ重要な要素であると考えられます。このコロナ禍で趣味活動の可能性を断たれた人も多いとうかがっていますが、是非とも新しい趣味を模索し、三大欲求以外を満たす新しい人生の糧にして欲しいと願うばかりです。肉体的要因以上に精神的要因は壊れやすいと言われるものの、肉体的要因よりはるかに再構築がしやすい部分でもあり、願わくばこのコロナ禍に適応した新しい探求意欲を見つけて欲しい次第です。「オタク(探求趣味社)は人生を救う」とはまんざらでも無いと思っています。
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生産活動が収入を得る行為であると定義するのであれば、消費活動はその生産物を消費し経済を活動させる行為であるとも定義できると考えています。お金が消費されればその区画内の経済活動が循環し、そこに従事している人々の糧になります。絶えず流水を繰り返す水源のような状態が経済活動として良好な状態であると考えれば、適切なモノやヒトに消費し経済に影響を与える行為は趣味界隈という絶対的必要性の乏しい分野であっても必要不可欠な行為であると言えるのではないでしょうか。不景気を理由に趣味界隈への出資や消費が控えられ続けた昨今ですが、無趣味は人生のストレスを加速させ、相互的経済活動にもストレスを及ぼすことはもっと知れ渡っても良いと考えています。
ただ、経済的な理由を盾に相互理解を否定する人が増えてきたことも否定できない部分でもあります。無理解に伴う非情な断捨離や家庭崩壊などは今に始まったことでは無く、また過度な趣味投資による経済崩壊もまたそのひとつでもあります。個人の趣味を運営・稼働させるには多くの人に接触し理解活動を得て、接触した人に対しての相互理解を求めていく必要があると思うのですが、昨今無理解による趣味世界の破壊が深刻になっていると言われているとか。生産性を伴わない趣味や健康面などに深刻な影響を及ぼす趣味などの消費型趣味というのもありますし、それらによって循環している経済区画も存在しますので依存性やら浪費性を強く刺激してしまう趣味には疑問符も上がりますが、対話と相互理解と適切な社会性のバランスを構築するための対話や努力によってある程度の相互抑止は可能であるとも考えられると思うのです。依存性を伴うアルコールやギャンブルに対して誰かに相談したり理解を求めたりしたかと言えばおおよそしている人は皆無と思われ、趣味の独りよがりは社会的危険に変化してしまうことを考えれば…趣味との向き合い方についても考えが変化するかもしれません。いくつかの趣味世界を除き、個人の孤立化を防ぐためにも趣味活動は求められていると考える方が建設的かつ生産的ではないかと思う次第です。
視点を変えれば、趣味とは「同好の士との接触」を伴う「人的活動」に集約されると思います。個人で黙々と作業する趣味があったとしても、それを公開し同感を得るには第三者の存在が不可欠です。敵も多いかもしれませんが、同好の士の同感を得る行為に集約される趣味活動は、人生に於ける必須科目なのかもしれません。ここに来て意思疎通の問題がどうしても上がってしまうのですが、その対処法や処世術も含めて「趣味の認知活動を行っていく」のが趣味活動であり、それは人生に於ける生存理由のひとつにもつながるものと考えている次第です。「趣味は蔑ろに出来ないし、趣味によって変わる世界がある」というのはもっと知られて良い思考であると考えています。
昨今は「迷惑系趣味」な人々が増えてきて純然たる趣味人の居場所を破壊している、という嘆かわしい情報をも受けています。そんな彼らの迷惑行為もまた「第三者への認知」という「人との接触情報」という観念に基づいた迷惑行為だったりするので…趣味という小さな思想や思考の世界は案外いろいろな世界と繋がっていたりします。趣味のマネタイズなどの収益化事案もまたそれに準じたものであり、それに投じる何かがあるかを判断し投資・投益する第三者がいるからこそ成立する世界でもあります。「人生は人とのつながりであり、趣味はもっとも簡便につながりを構築するためのハブになる」という事を考えれば、私たちの趣味世界への考え方は大きく変化するものになると思う次第です。排斥するな、思慮し行動せよ。


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