今年の振り返りニュースを拝見するタイミングですが、毎年同じようなニュースを観測しているような錯覚をしながら視聴しています。まだロシアとウクライナの境界線上の戦闘は続いており、世界中の情勢不安定はネットニュースのトップ記事に滞在しており、日本では政治界隈への不満発言を報道メディアが封殺するという状況が2~3年前から変わっていないからそういう風に感じてしまうのかもしれませんが、要は「地球規模での情報統制が今なお続いている状況」を観測しているからではないかと勝手に考察をしている次第です。ネット上では「不都合情報による戦闘状態」が続いていると揶揄する人もいるようですが、実際に出所不明の情報に煽動される人たちは一定人口存在しており、煽動された人々によって現実世界で戦闘状態に陥っているという実情が反映された昨今特有の状況が長期化しているものだと考えています。
インターネット上の言葉であれ実世界の銃弾であれ「戦闘行為が続いている」という状況に変化はなく、今年も不毛なニュースを1年間観測し続けるに至った次第です。20世紀後半頃からの「21世紀への未来的羨望のイメージ」は約半世紀を経ても「現実の絶望的な実情」を打ち破ることが出来ずにいますし、むしろ過去以上に統制の利かない状態に陥っているという現実が重くのしかかっていて、もはや「自暴自棄になるなということが無理難題という状況」になってしまった昨今の世界情勢はまあまあ「理想的ディストピア像」としてタイムラインに刻まれ続いているわけですが、気がつけば21世紀も25年目に突入するタイミングになっていました。生きている以上タイムラインを観測し記録する事くらいしか出来ませんが、後世の人々が「21世紀の25年間」についてどういう評価をするかが気になるところです。1945年に集結した第二次世界大戦という惨劇から得た教訓が「時効を迎えるフェーズに入った」という極論も飛び交う昨今ですが、今もなお戦争という悔恨を拡大解釈し続ける指導者は一定数存在しており、現実として「地球規模での平和な時間」がどのくらい刻まれたかという情報は気になるところではあります。
スポンサーリンク
「メディアは不都合を語らない」というのはもはや歴史上のテンプレでもありますが、そのメディア群が「封殺しきれないほどの情報量に翻弄されはじめた」のが21世紀の始まりだったのではないかと考えている次第です。世界情勢からトレンド・趣味分野にいたるまで情報封殺行為や誹謗中傷などの攻撃行為がはびこる昨今は「生きるために情報を貪る必要に迫られている」状況を抱えた世界になっており、個人の情報発信をオールドメディアがかすめ取って報道素材に仕立て上げたり冤罪情報を事実のように扱ってみたりと「不確定情報の錯綜がより日常的になってしまったから」だと思っているのですが、その情報分析もまた不確定情報からの分析情報なので、事実情報が何処に存在するのかが非常に探しにくくなっています。逆にその状況が「望まれて捏造されている」という状況まで想定出来てしまう昨今の情報リテラシー事情は、逆に「事実の優先順位を下げるために使われているのではないか」という憶測までを引きずり込んでいるようにも見えるため、不確定情報に翻弄される人口比はかなり高くなっているのではないかと思われる次第です。
先進情報技術のイメージ変革について
20世紀に於ける人工知能にまつわるイメージ像は「人間社会に於ける理想」をイメージしたものや世界観だと言われてきたが、技術革新が劇的に進歩したといわれる20世紀末期にはそのイメージも転換してしまったといわれている。コンテンツ界隈に於ける「未来世界」のイメージ像は21世紀初頭くらいからネガティブなイメージに置き換えられていき、現在の「21世紀~22世紀以降」という未来像のイメージ図は「荒廃・退廃的・地球規模の危機的状況」などに置き換えられており、「人類と人工知能群による対立構図」などがコンテンツの主軸として表現されるケースも増えた。また、表現技術の劇的向上により「鮮明なネガティブ・イメージ」が未来世界の表現として用いられるケースが増えたともいわれている。
昨今のトレンドは「動画にある」と言われているようですが、トレンド上位に何かしらの動画情報が常に観測されるのは「事実情報の発掘」のために必要不可欠という位置付けから来ているようにも見えます。多くの動画情報及びコンテンツは私的娯楽用途が多いと言われているようですが、いずれその情報群のアーカイブが事実分析用に特化運用される日も近いのではないかと思っている次第です。昨今は「AIによる事実変換も可能になりつつある」といわれているものの、「リアルタイムの書き換え」に至るにはまだまだ力不足であり、軍事標的としてYouTubeやTikTokのサーバーが標的になる可能性が指摘される日も近いかもしれませんが「AIが現実を書き換える可能性」は極めて低く、それによる弊害はまだ微少なレベルであると思う次第です。あと半世紀すればその可能性は変わる可能性が無いとも言い切れなくなりそうですが、時間の流動に抵抗する技術が確立されるまではその可能性は否定できそうです。
これらの事象から観測している情報は「歴史は繰り返すという周期的な諸問題の再発」であり、「体験から得た教訓の時効」ではないかと考えています。地球規模の戦禍が80年以上前になることもあり、当時の惨劇の体験者の死滅周期と重なる近年に「新しい次元の大規模紛争が発生するのではないか」という考察が昨今散見されるようになってきたと聞きます。武力紛争に最新の情報機器が投入されるという「戦争のアップデート」が昨今のロシア・ウクライナ紛争に持ち込まれ、昨今の核ICBMという概念を「前世紀型の大艦巨砲主義」としてしまおうとする動きが見えているという話や、より微細な技術と引き換えに20世紀型の兵器の理論や概念を刷新させようとする技術的な動きは既に軍事界隈では水面下で進んでいるといわれており、今後「コンパクト・ウォー化(戦争の省力化)」が進む可能性を指摘する勢力も増えてきたと言われている次第です。この2~3年でドローンを利用した無人兵器の技術革新は少なくとも軍事負担のコンパクト化には一定数の貢献度を出していると言われるくらいに発展期に入っており、情報技術産業の革新はまだ数年は急上昇されるという意見も観測されています。
先進技術と軍事産業との蜜月関係
「インターネット」という一連の技術群が情報戦の技術として開発されたのは約半世紀前だと言われており、民間の情報技術として一般利用されだしたのは約四半世紀前である。情報戦術の有用性は更に半世紀前くらいには認識されており、ラジオなどの通信技術は早期からプロパガンダの周知に利用されるくらいにはその重要性は知られていたという。現在の先進技術もまた「型落ちの軍事技術」の民生品化の一側面であり、先進技術の恩恵は「未来世代の軍事技術の副産物」という側面を内包している。
ただ、かつて高効率な兵器として対人地雷がばら撒かれたように、「兵器の高効率化」は「人的倫理観の破壊」を強く伴う側面があり、今後の武力紛争が「倫理観との戦いになる」可能性は否定できません。世界のどこかで大規模な武力紛争が発生したときに著しく人的倫理観を損なう戦闘が大規模化する可能性は確実に高くなってきており、「核兵器を凌駕する非人道的兵器の登場」はその可能性を高めていると言われているらしいです。ここ数年間の一連のパンデミックは「生物兵器の登場を予感させた」と言われていますが、あの時には「それを凌駕する可能性を秘めた無差別破壊兵器ないし無差別殺戮兵器の登場」という「21世紀型の無差別兵器の登場」を予感させるような発言や憶測が飛び交ったと言われています。ただ、どんな形状でどんな仕様であったとしても予想できる最悪の事態は「制御不能に陥ること」であり、あのパンデミックもまた数年間にわたる世界規模の制御不能期間を作り出したことからも「未曾有の事態を年単位で招く可能性」はかなり高いものと推測されます。そして、そのトリガーとなるような情勢不安定がいま世界中に大量にばら撒かれている状況からも、前世紀の惨劇を越える未曾有の人的災厄がこれから数年間くらいの間に非常に高確率で発生する可能性が出てきたことにはこれから警戒しなくてはなりません。これが与太話や憶測から来る虚言で片付けられればそれに越したことはありませんが、これだけ大量の情報に振り回される時代にこれだけの煽動情報を観測している以上、「その情報が嘘であることを祈ること」くらいしか出来ないというのが実情と思われます。ただ、希望と現実の乖離についてはあのときのパンデミックの教訓からも鑑みる必要がありそうです。
人類が「選ばれし生態系」なのか「過ちを繰り返す動物」なのか、神々の時代からの諸問題が「行動記録として残る」可能性が出てきた昨今。おそらく地球上に数十億という人々が生きているこの時代に地球サイズのリトマス試験紙を浸される日が来るのかはあまり知りたくない情報ではあります。ただ、人類史から逆算される確率論が周期的に合致するタイミングと、ここ数年間での大規模な人的問題・紛争の観測はあまり良くないタイミングで並列発生しており、願わくはこの与太話のような記事が「的を射貫かないことを祈る」くらいしか出来ません。「ノストラダムスの予言は与太話だったか?」という話がこの手の議論の際に定期的に仮説として持ち込まれますが、可能性としての「人類滅亡論」については「人類が存続する限り完全否定は出来ない」ため、「偶発的にタイミングがずれた」程度の認識でも大丈夫という諸説・仮説もあるくらいという話。実質的な東西冷戦は中心的対立構図が少し変わった程度でまだ終わっていないし、世界の紛争事情は「銃声が鳴らなかった日が無い」程度の状態。何なら「パンデミックという人類規模の共通問題」で世界が歩調を寄せたかといえばまったくそういう事情は観測されなかったまであったので、やはり平和への教訓はそろそろ消費期限を迎えそうな感じなのかなって思っている次第です。



コメント