21世紀の栄枯盛衰に憂う

時事・事象・社会現象

世の中には栄枯盛衰の概念が確実にあって、それらが延々と続かないようにシフトを常に違うベクトルへと振り向けて繁栄状態を維持しているという仕組みになっていると聞きます。でも、やはりどこかで繁栄の反対側の衰退という仕組みが確実に機能しており、全体を見るとやはり総計の上では栄枯盛衰の繁栄と衰退は同時進行で行われ続けているという話のようであり、そのバランス感覚でもって「善し悪しの判断」が成されているとかそういう仕組みになっていると言われています。勿論、推測も憶測もそれらに似た類の仕組みもコミで。

ただ、そのどこかというのがゼロになることはなかなか無いと言われており、懐古趣味や記録保持のためなどに残される趣旨の保存行為は続けられており、仕組みそのものが消滅に至ってもその記録データは何かしらの形で維持保存が成されているという話でもあるようです。世界は緊張と混乱を続けているといわれ、世界規模の混乱が予想されるなどという意見が噴出する傾向にあるらしいですが、それもまた史実の上での必然であり、過ぎてしまえばまたその記録や痕跡が記録され遺されるのかもしれません。人類の栄枯盛衰は、切ることの出来ない足枷なのかもしれません。

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第二次世界大戦終結から74年を経たという話で色々と話題にする記事がありましたが、今はっきり言えるのは「74年経った今の時代はどの程度紛争が減ったか」という話であり、世界平和と言える時代はまだまだ遠い存在になっている現状を抱えているという話であるという類の話だという事でしょうか。世界に於ける技術の発展の経緯の初期段階はおおよそ軍事界隈の事案から始まるといわれ、今日に於いて日常的に使われているインターネット技術もまた軍事技術の民生転用であるという話であり、世界はまだまだ争乱の準備期間のような様相を曝け出しているのではないかという話。やはり根底の部分は物騒である、と言わざるを得ないのでしょうか。

中東地域に於ける紛争問題

今なお紛争問題が絶えないのが中東地区であるといわれており、資源・権力や民族意識などを背景に今なお武力紛争が続いている地域が多数ある。特に、宗教的価値観や民族思想を強く反映した意思が根底にある紛争は極めて長期化している傾向にある。平和維持のために多くの国やNPOなどが介入や支援を試みているが、それらの支援に対しての妨害や略奪が発生するなどの二次被害も定期的に発生しており、一部では「支援とは何なのか」という議論まで持ち上がっているといわれている。

「祈りと呪いは紙一重」なんてセリフがあったような気がしますが、それはおおよそ的を射た発言ではないかと考えています。すべての人類を救うことは出来ないという話の根拠は「唯一絶対の神がひとりである」という思想が複数存在し、「自身を信じない存在は異端であり裁かれるべきである」という思想が付随していることでしょうか。その反対側には「神は、死んだ」などという発言もあるわけで、はてさて人類は「神に愛された存在」なのか「神に愛想を尽かされた存在」なのかと思う部分も深いですが、業もまた深い話のようにも思っています。

おおよそ世界は「対話による平和」を求めており、それに向かって進んでいると言われていますが、武器による紛争は未だに尽きず、武力という背景無しに対話も出来ない現状がいくつも転がっている現実にどう説明をつければ良いのかという矛盾めいた実情を抱えています。人類は増えすぎて暴走を始めてしまったのかという悲観的趣旨の思想も母数を増やしてきたと言われていますが、そもそも地球という動物社会に於いては人類もまた動物社会の同族の種であり、種というより一族の維持のために闘争を続けなくては生きられない存在なのかもしれません人類が過度に知識を持ってしまったばかりに多様化の範囲が異常拡大し収拾不能になってしまった、という話の方にも何となく正当性みたいなものが感じられるのも、もしかしら的を射ているのかもしれません。ただ、そこにどんな困難があったとしても歩みを止めることは出来ず、願わくば少しでも流血事案を減らす努力を止めない選択を選び続けるということしか出来ない、ということでしょうか。平和への祈りの裏側に潜む差別感情などの呪いの部分と、私たちは向き合っていかなくてはならない。少なくとも、それは生きる上での宿命の類であると私たちは教育され、それを妥当と判断して生きている以上。

中世期~近代に於ける戦争の意義と結末

中世期から近代にかけての戦争や紛争は「国土拡大」に紐ついているといわれており、「富国強兵」の思想もそれらから派生して生まれたといわれている。産業革命以後の世界は「富の獲得」のために未開の土地に侵略をするという図式で表されており、それが近代の「植民地支配」に繋がっている側面がある。結果として、それらがアジア地区やアフリカ地区などを中心に世界中に悔恨の爪痕を残す結果になる。第二次世界大戦以後、植民地支配から独立する機運が高まったが、独立後の政治的基盤の不安定さが露呈した国などでは治安悪化などによって武力衝突が頻発する国や地域も現れるようになり、「独立という理想」が成就しなかったケースも複数観測されている。

地球の東西で今もなお緊張と混乱、そして冷戦状態は続いている。舞台は現実世界から仮想世界たる情報網世界へとシフトが進みつつあるといわれていますが、はっきり言えるのは「まだ闘争の最中にいる、渦中にいる状態」という話であり、私たちが学ぶべき未来への教訓はまだ確立されたものでは無いという話。それが仮初めの平和であったとしても、少しでも惨事を回避するための学習と努力を続けなくてはならない。21世紀が始まってそろそろ20年になるという話ですが、まだ未来がはじまって「まだ20年」、今が衰退のタイミングならば私たちは新しい繁栄の材料を探さなくてはならない。そろそろ世代が完全に切り替わってしまうタイミングといわれていますが、人類の一員としてその過ちというバグは修正しなくてはならない。当時の世代が死に絶える日は避けられないものの、当時から得た教訓を滅亡させてはならない。

多くの議論を残しながらも歩むことを止めてはならないという実情が重いですが、人生とは「考える葦」であり、その足を止めることは出来ないものなのかもしれません。

 

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