エロマンガ戦線に死すコンテンツ地獄

時事・事象・社会現象

コンビニから成人向け雑誌が駆逐されつつある昨今ですが、命脈を維持しきった成人向け雑誌から「局部修正の激化」がひっそりと話題になっており、この戦線がまだ激戦のさなかにあるという事実に戦慄する事案が各地で発生しているようです。オタクコンテンツの「萌え」とはおおよそ「性的な表現」に深く関係がある都合、性表現の修正基準は「その時期に於ける表現の抑圧基準」を図る材料にされているというアレな事情がありますが、ここ2~3ヶ月に於ける成人向けコンテンツの修正(いわゆる『塗り』の部分)が酷くなっていて萎えるという報告がSNS界隈に逐一報告がされているらしいという話。「まだエロマンガ戦線は終わっていない」の発言も相当シュールな発言ですが、そもそも理由も根拠も曖昧極まりない性表現規制の世界はそもそもどこに向かって突き進んでいるのか

おそらくは名実ともに21世紀のエロマンガ列島ともいえる日本のコンテンツ界隈に定期的に厄をもたらしてきた「表現規制勢」「性表現死すべきという喧伝」は、来年に控えたオリンピックを理由に「国際的な基準」という曖昧表現でもって駆逐戦線を形成しようとしているという話であり、表現界隈の自主規制は戦慄と恐怖で修正強化を余儀なくされているという話。そもそも、どの界隈の基準でもって規制の物差しを設定しているかというと、実は国際基準というものそのものが曖昧という話であり、何だかんだで彼ら規制推進派の主観のみの基準で測られているという話であり、しかも一悶着を経て築き上げたゾーニング設定を破壊してまで乱闘騒ぎを持ち込んでくると言う超絶横暴戦線という複数段構え。間違い無く彼らはディストピアの王者になるべくして難癖を付けているとしか思えない状況を形成しているとかそうでないとか。

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そもそもポルノだとか性犯罪だとか、という関連性は私たちが認識している以上に国や地域および価値観による差異や乖離が激しく、それはそもそも区分けすべき部分なのか悩ましく感じる部分も多々ある世界。それを個人単位の主観のレベルで規制網を張るだなんて横暴が認められるわけには行かないはずなのですが、彼らは過去にも横暴かつ暴虐な手段でもってこの界隈の人々とその表現手法を「吊し上げてきた」経緯があったりします。ここに来て「言い訳のタネをオリンピックに当て込んできて」この規制戦線を張り巡らせるに至った経緯がどう映るかは明白でありますが、彼らは「彼らの中の正義でもって駆逐戦線を展開する」に至っており、怨嗟のベクトルは少しずつオリンピックに向きつつあるという話。まあ、表現界隈だけでなく来年のオリンピック関係者から漏れつつある「黒い事実」は、実は枚挙に暇がないほど大量にあるという話は今更探さなくてもにじみ出てくるほど有るという話なのですが。

黒いオリンピック財源使途と黒いボランティア強要、そこから便乗組がそれぞれの主張を黒く展開していくという展開は、エロマンガの局部修正の黒面積を更に広げていったという話。オマエの股間はそんなに憎いアンチクショウなのかと小一時間問い詰めたい話ですが、おおよそ生殖器が憎いであろう彼らはオリンピック開催までにエロマンガを駆逐したくてウズウズしているようです。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ならぬ「エロが憎けりゃサオまで憎い」と言った感じで展開される彼らの暴言はおおよそ数年周期で蒸し返されており、放送メディアとスクラムを組んだ紳士淑女層叩きはそろそろピークに達するのでは無いかと戦々恐々の日々が続いています。

繰り返されてきた焚書問題について

焚書(ふんしょ)とは一般的に「書籍を焼き捨てること」を指し、儀式的な意図でもって「有害書籍を排除する」という行為に紐付けられているという。今でこそ「マンガ界の巨匠」と言われている作品でも、連載当時は「危険な思想」だとか「読むと馬鹿になる」などと色々と難癖を突きつけられたというのが、もっとも知られている焚書問題である。それは「当時の人々の主観的な判断と同調する人々の圧力によって起きた」とされるという意見が一般的なようだが。これに関しては複数の諸説ある。昨今はその矛先が「性的表現」に向けられていることが多く指摘されている。

性教育後進国である日本の性犯罪抑止が紳士淑女たちの「夜のオカズ」によって成されていた事実にはもう少し注目されて良いはずであり、色欲民族たるニッポンのHENTAI文化は実はもっと評価されて良いはずなのに、彼らはサンドバッグ以外の目的でもって彼らを表現しようとしません難癖付けて性教育を放棄し、性表現たる多くを封鎖に追いやり、それでいて性の何たるかを知らないと叱責する現代の社会も相当アレな話であり、そもそも思春期が半分以上過ぎてしまう18歳になるまでエロマンガは封鎖線上にあるという青春の苦痛に対して、彼ら青少年たちの苦痛にどう説明を付けてくれるのかという話。性教育にとどまらずに日本の教育界隈は多くの教育を放棄し、アップデートすらも怠ってきた事実がここに来て露呈しているという実情があり、その時代を生きてきた当時の少年少女たちが風化した教育でもって色々と拗らせてしまって大人になったという現代の重罪についてどう説明をしてくれるのか、私たちは日々気になっています。彼ら規制推進派は納得のいく説明を何一つ展開してくれないあたりで既に相当香ばしいという話だったりしますが。

性を忌み嫌い・封鎖し・臭い事案にフタをしてきた結果がしっかり反映されてきた昨今ですが、結局世の中は全然変わってないという事実もまた然り。クールジャパンと持ち上げてコンテンツ界隈を持ち上げるかと思いきや、結局はオタク叩きのワイドショーばかりに攻め込んでいたメディア界隈にはおおよそ愛想も尽きたといたっところですが、カネと権力とデカい声を武器に制圧戦線を展開する規制大好き人間たちのきまぐれに振り回される日々は、最低でもあと1年は続きそうです。「コミケには性犯罪のモトが氾濫している」なんて抜かした輩が「日本のコンテンツは誇れる金の卵です!」なんて言っていた逸話については、今更触れるまでも無く。そろそろ彼らには「男だけの世界と女だけの世界構想」についてでも語ってもらわなくては示しがつかなくなってきているのですが、どんな支離滅裂理論を展開することやら。

国内にとどまらない性表現規制の荒波

国内の倫理団体だけが性表現にうるさいという訳ではなくなってきた背景には、インターネットによる海外への情報流布が挙げられる。海外の性的観念の違いは日本のそれとは比べものにならないくらい厳格であることが多く、特定表現に対しての嫌悪感は計り知れないものだとも言われている。ただし、日本への性表現へのアクセス数は海外からも相当数あるので「全てが厳格である」とは到底言い難く、何なら日本の規制基準も相当に曖昧なものであり、そもそも何を持って「倫理観を損なう」という基準なんてものが曖昧であり、「ここで成される何の議論も的を得ない」という実情があったりもする。

思春期の性的衝動がどのようなものかを鑑みること無く、性的な全てのものを封鎖し、大人になった瞬間に「性的経験マウントを取る」現代社会にもかなり辟易とする部分ではありますが、それが理想の教育と信じて疑わない人々が意外にも多いことがなかなかの驚きでもあります。極めてデリケートな教育カテゴリーではありますが、それに対して何一つ教育手段を講じず、それどころか封印の一点張りでもって排斥しようとしている人たちはどれだけエゴにまみれているのかが気になるところです。そもそも性教育にとどまらず、昨今の「教育の簡略化・マニュアル化」はかなり酷いものがあり、教育の質の低下もうなずけてしまうものがあります。思春期の抑圧がどれほど「拗らせるか」については、もう少し掘り下げる程度には認知されて欲しいと願っている次第です。

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