新幹線延伸に伴い消える在来線、民営の国営化から再び民営化の道へ。鉄の轍の歴史は再び民営の道を選択され、それぞれが地域との共生を目指す道を余儀なくされた時代。鉄道の在り方について昨今議論する風潮が増えてきましたが、鉄道設備そのものの原型はもう100年以上昔のものの流用設備であり、設備そのものの更新も含め「鉄路の在り方」も少しずつ変わってきたのかもしれません。とりわけ災害に見舞われ続けた西日本地区のローカル線がその未来の選択肢を迫られており、地域によっては再生され、地域によっては廃線を迫られた…という話。多くの在来線幹線鉄道ルートは100年規模の昔の線区のままで整備改良が進められたものであり、これから鉄道はどういった未来予想図にいるのか…というのは、むしろこれから議論された方が良いのかも知れない事案だったりします。それはそれで難しい話でもあります。
九州地区でもローカル線と呼ばれるいくつかの閑散路線が台風などの災害に晒されましたが、それらの復旧への道のりは大きく異なる道を歩むことになり…早期復旧に至った久大本線や、閑散区のわりに早期復旧が成された筑豊本線原田線区間などと、地域との折り合いから膠着状態のまま放置された日田彦山線の区間など、それぞれが異なる事情と未来を余儀なくされています。2月になり春の青春18きっぷの告知が今年も予定通り出ましたが、この切符でもって往来出来る区間は年々縮小の一途を辿っており、そろそろ「青春18きっぷの醍醐味」の半分くらいが消失してしまったように思います。華々しい新幹線延伸に沸き立つ地域と、暗い影に浸食される地域の光と闇の物語は今後どういった課題を突きつけてくるのかを感じさせます。
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2000年以降の災害は何も大地震だけにとどまらず、年々恒常的に到来する台風などの被害などの比較的近距離にある災害の甚大化がピックアップされているようです。半世紀以上前の技術基準で敷設された鉄道網の中には現状維持だけでも手一杯という路線も少なくなく、被災した線区の中にはいわゆる「限界路線」も多かったという話であり…被災後の路線網復旧の目処の立っていない区画はいくつか今もなお存在しています。九州管内のローカル線の被災復旧の実情はかなり複雑化しており、観光特急を擁する久大本線は徹底したテコ入れのもと復旧を果たしましたが、隣接する日田彦山線の添田までのルートは未だに先行きが決まっていない状況が続いています。日田彦山線の添田~日田ルートは九州屈指の閑散路線のひとつであり、億単位の復旧費を投じてまでの復旧が疑問視されているルートです。
こういった「災害廃線のフラグ」は全国の難所を擁するローカル線の多くが抱えている問題ですが、そもそもどうしてこういった優遇と冷遇の天秤事情が生じたかと言えば…ひとつは「民営化を分割した」ことが問題であるとも捉えられているようです。他社管轄には基本的に消極的という姿勢の都合上、多くの鉄道事情は「管轄内のみで解決をする」という状態が続きました。輸送を主体とする夜行列車が撤廃された理由のひとつは「管轄他社とのやり取りの問題」も含まれており、その結果「管区内クルーズ夜行列車」という限定的な夜行列車を登場させた経緯にもなっていますが、他社をまたぐ長距離列車はその「管轄またぎ」によって運用が制限される要素のひとつになっており、夜行列車の多くがその事情によって撤廃を急がれたフシもあったという背景がありました。
管轄内で発生した黒字輸送網の余力でもって赤字路線の維持をしている現状ですが、その赤字レベルが突き抜けて高い路線は…それでも忌避されている実情を抱えています。人口推移の実情から沿線過疎化という問題は相変わらず重いポジションを占めており、それは幹線鉄道ルートであっても区間によって「切り離すべき区間が存在する」という実情がそれを語っているという現状が存在します。並行在来線は新幹線延伸によってまだまだ増える予定が残っており、地域が鉄道と向き合うまでのカウントダウンとして…これからも地域問題の大きな課題のひとつとして残っていくことが予想されます。最終的な新幹線網の形成完了がいつになるかはさておきとして、新幹線沿線の再編によって主要都市を結んできた在来線網は高規格新幹線網でもって線区整理が進み、並列ルートの多くは「事情無き場合は切り離される」という運命を辿るものと思われる次第です。
さて「青春18きっぷ」ですが、その「1日乗り放題のアドバンテージ」がなくなりつつあり、更に路線の縮小や並行在来線の切り離しなどによって年々利用困難になりつつあります。路線維持のために仕方なく1~2往復の普通列車が往来する程度の区間は年々増えているといい、都市化と過疎化の間を往復する都市事情は今後の輸送事情によっては…幹線地区の廃線なんてことも考えられるのかも知れません。かつて「醍醐味」と言われた鉄道名所はその多くは難所であり撤廃が推進され、観光化出来ない地域の路線は廃ることを余儀なくされている実情があり…かつてその難所と共に生きてきた世代が「再び青春を体験する機会」というのは、もう過去の遺物になってしまったのかもしれません。 運ぶモノやヒトがなくなった地域の鉄路は衰退するしかなく、より柔軟性を得た専用道路やその他特化運用か、若しくは連絡するルートそのものを大規模開発するかくらいしか…細い鉄の轍を維持する方法は残っていないのかも知れません。
過去を懐かしむ旅情はもはや無用の長物になり、長距離旅行を楽しむ慣習も一部の趣味人のものになってしまって。その一部の人のニーズは年々縮小され、選ばれた旅情あるプランはプレミアシート化を進められ…そもそも懐事情の寂しくなった日本の旅行産業の国内需要の斜陽化も相まって、青春18きっぷという「コスパ至上主義の旅情」はスポンサーからも疎まれ、かろうじて大人気路線の一部列車がその「名残という名の因縁」でもって運用が残っているという状況。そもそも旅行する時間的余裕そのものが社会から減少を続けており、それに金銭的余裕を追加されてしまうと…「青春という名の時間的裕福」は行使する機会そのものがもう残っていないのかも知れません。


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