語彙力低下という脅威

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昨今の140文字界隈でも話題に上った「日本の語彙力低下」という話題、実はさりげなく昨今の脅威という認識をするに至っています。語彙力低下というのはざっくり言って「コミュニケーション能力不足」に直結しており、また語彙力の無さは時に残酷なほどに暴論になり得るという話にも繋がっており、ひとことでまとめるのであれば「言葉の理解力不足」であり、極論で締めるのであれば「まっとうに退化している」という話。この超情報時代に退化論をする羽目になるなんて予想だにしていなかったのですが、老若男女問わずに情報伝達の齟齬は頻繁に発生しており…「話し合いに応じに行ったが話にならなかった」というギャグにもならない事案が昨今多数発生しているという話に至り戦慄する羽目になる機会が増えました。

ついでに「話を聞かない人」も増え「話の脈絡を考えない人」も増え、そもそも「言葉の意味を理解することを辞めた人」も増えてきたという話は何の冗談かと思わせるような話ですが。紛れもなく日々の暇に起きている日常茶飯事レベルの大問題がこれでして、時には重大事件の引き金にもなっているという話。「痴情のもつれ」とかそういうレベルよりはるかに下にある「そもそも会話が成り立たない」という根本的に解決不能である問題とどう向き合うか…それはそもそも問題提起というよりも存在そのものが問題の巨大さを物語っているという話であり、云ってしまえば「人間の言葉離れ」という話。世の中には「話せば解ると謳う人間ほど話がわかっていない」という事例が実に多いかを知るには充分な機会だったのですが、パンドラの箱の大災厄並みに知りたくなかったという事実であり…未来の世界が暗転しそうな事案。

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世界でもっとも習得困難といわれているらしい「日本語」ですが、当事者たる日本人すらも理解が追いついていないという話は…バカみたいな話だけどまことしやかに囁かれている話。八百万の神が宿るといわれる日本の信仰のように日本語も非常に寛容な作りになっており、世界のありとあらゆる言葉が和製外来語として定着し「準日本語化していく」という話は信じられないような話ですが…その柔軟な思考や解釈もまた、日本語のルーツのひとつだったりします。日本で当たり前のように使われている和製英語と思われる単語の中には「エセ英語」も含まれていたりして、カタカナ言葉を全部英語ルーツだと勘違いしているひともいるとか居ないとか。パンを英語と思っている人は少なくとも一定数いるあたりに何となくその片鱗を感じる機会はありますが、「母国語民の理解すら超越する言語」とはこれ如何にという話…この謎に対する回答は今のところはっきりしていないとか。

語彙力 (ごいりょく)【用語】

「その人がどれだけ言葉を知っていて、またどれだけ的確に使えるかどうかを示す能力」のこと。「彼は語彙力があって、状況を分かりやすく説明してくれる」などと用い、語彙とほぼ同じ意味で用いられる。 (weblio辞書より)

その母国語語学は混沌を極め、ある方面では古めかしい言葉遣いが丁寧とされ、ある方面では簡略化されるのが美学と言いはやされたりしたり。そのベクトルそのものがかなり混沌路線を突き進んでおり、もはや純正の母国語なのかスラングなのかもはっきりしない謎言語の道を突き進んでいるのが昨今の日本語らしい…という話。140文字の界隈では文字数を稼ぐために簡略化されたスラングが愛用され、古風テキスト界隈では今でも使い古された言い回しが大事にされたりする…という不思議な世界。ニッポンのコンテンツのために日本語を学びたいという海外勢も多いと伺う機会はあるものの、そもそも本家である日本人が日本語をどのくらい認知しているか…というのが昨今140文字界隈を筆頭に暴露されるという事案が多々発生しているとかで、日本のコミュ障はそもそもの語学力の問題ではないかという提案がおおよそ間違っていないような錯覚を感じました。

そんな「話が違う」日本語の世界がどんな感じでタイムラインを刻んでいるかというと…政権批判のイチャモンと妄想論という支離滅裂と、基本的語学力不足から来る謎理論の応酬。オブラートに包む表現が嗜まれるといわれる日本語界隈でもリークを誘う暴言や暴論の類、対象の批判のためには罵詈雑言も辞さないという言葉の暴力、ハラスメント大好きな同調圧力のための大声圧迫や同質のテキスト圧迫。SNSで可視化された愚論の数々は知りたくなくても知ってしまうというアレな話であり、日本の未来をはっきりと失望させるには充分な爆弾でしたという話。全力で否定したい話なのに、誰も言葉と行動が一致していないという事実が重いです。

モラルハラスメント【用語】

モラル(道徳)による精神的な暴力や嫌がらせのこと。 (Wikipediaより)

ツイッターが10年以上続いていることをどう思うか…は、人それぞれの話。ただ、140文字の言葉遊びについて考慮がない人は確実に増えており、何となく依存環境が整ってしまったツイッターに愛想をつかせられない人も多いという話で…下手なアルコールやニコチン依存よりもタチが悪いのではないかとも思ったりしたり。確かにこの140文字の言葉遊びでもって得た情報量は計り知れない量だったとは思うのですが、その弊害がこんな形で言葉に対する思考を破壊するなんて…というのは、心底の叫びでもあり昨今の無理難題でもあるのではないか。話の出来ない人は増え、話を聞かない人も増え。結果として私たちは意思疎通の齟齬から無駄な闘争に走る羽目になり、見えないところで流血沙汰があったりしたりして…言葉の刃でもって通り魔のように人の心をえぐる行為がネットでは日常茶飯事になってしまったのはいつからだろう?

心の傷を癒やすために精神科医がわりと真剣にSNSとの距離を置くように勧めるのは、殺伐としたネット界隈だからなのかもしれませんし言葉が足りない現代の宿命だからなのかもしれませんが。はっきりしているのは「私たちの理解が追いつくよりも先に理解が崩壊するほうが早い」という事実であり、未来の私たちはもはや対話によって理解出来る関係になる可能性は極めて低いという話に帰結するという現実問題である…という話。昨今の心の孤独は、理解の至らない人々が築き上げた自己満足の要塞かもしれません。そして、その難攻不落の要塞は人の数だけ存在するという最高にキレたブラックジョークというオマケも含めて。

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